《1万倍大坪》【悲報】誰一人として私にはついてきてくれませんでした。

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保険営業マンの多角化・起業ストーリー(その5)
「誰一人として私にはついてきてくれませんでした」

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(前回からの続き)

前回のメルマガでは、順調に立ち上がった最初の福祉事業を、しかし私は、起業から「たった2年」で手放した。

という話をした。

今日はその話をしたい。

原因は、現場のメンバーと信頼関係を結ぶことができなかったのが原因だ。

2017年に立ち上げたグループホームは、それから1年ちょっとで5棟まで増設するほど順調だった。

またそのうち1棟は、競売物件を格安で購入したので、
(なんと土地付きで500円だ!)

図らずも自社物件を持ち不動産賃貸業も兼業することになった。

正直、予想以上の快進撃といっていい。

しかし、これは私の手腕ではない。

現場を統括するサービス管理責任者や管理者が優秀でモチベーション高く働いてくれたからだ。

一方、先に述べたように、私は現場の管理者やメンバーたちを掌握することができなかった。

私は、傲慢なオーナーだったと思う。

月一回の会議だけ出席するくせに、真ん中の席にふんぞりかえって座り、会議を取り仕切ろうとした。

福祉の人間はビジネスのなんたるかを知らないだろうからそれを教えてやろうと意気込んでいた。

思い出すと顔から火が出そうだ。

結局、起業から2年後の、2019年にメンバーたちから独立したい(MBO)との申し出があった。

彼らと心理的距離があることはわかっていたし、このまま経営し続けるのは無理だった。

また、全くの素人の私が引き続きオーナーとして所有するより、現場に近い彼らが直接経営する方が、明らかに利用者さんにとってもいい。

それらをもろもろ考慮し、2019年11月に、全株式を譲渡した

(私の代わりに担当の執行役員が見事に取り切ってくれ、おかげで投資資金は全て回収できた)

今も同社は健全に運営されている。嬉しいことだ。

結局、経営を諦めざるを得なかったのは、100%私のせいだった

力関係で相手をコントロールしようとしたし、後から思えばリーダーのメンツを潰したような場面もあった。

で、メンバーから人望がなく、現場を掌握し切れていなかった。

だから、MBOの申し出を断っていたとしても、誰も私にはついてこなかっただろう。

人望がないばかりか、統率する実務能力もないのだから当然だ。

しかし、その一方で学びも多かった。

最大の学びは、コンサルティング会社や研修会社などの「知識集約型のビジネス」と

福祉のような「労働集約型」のビジネスでは経営の仕方が全く違う、ということ。

また「国からお金をもらうビジネスモデル」の経営の仕方のコツ、

何度も県庁に通って交渉したことを通して行政との付き合い方も学んだ。

最も大きな学びは現場の人たちとの付き合い方だろう。

だが、その一方で途中までビジネスが上手くいっていたのに、最後まで経営し切れなかったことへの悔しさは残った。

「今度はもっと上手くやれる」と性懲りも無く思った。

もし次の機会があったら・・・・

そうこうするうちに「次の機会」が巡ってきた。

チャンスは意外な人が運んできたのだった。

(次号に続く)

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